きっかけはある若いミセスのお話
ある若いミセスから聞いたお話です。
親戚の結婚式に着物で参列しようと、知人から着物と帯など一式を借りて、楽しみに準備していました。
私も一緒にコーディネートを相談されたので、後日お会いしたときに「どうでした?」と尋ねました。
ところが、全く予想もしなかった言葉が返ってきました。
「紋が付いていないので着てはいけないと言われて、洋服にしたんです。」
「誰に言われたの?」
「新郎側のお婆さんなんです。」
そばにいた、お茶を長年されている方も
「京都で着物を着るのは本当に大変なんです。」
とおっしゃいました。
せっかく楽しみにしていたのに、一蹴されて撃沈です。
そもそも、なぜ着物に家紋が入るの?
ここで少し、家紋の歴史をひも解いてみましょう。
家紋の始まりは今から約1000年前、平安時代にさかのぼります。貴族たちが自分の牛車(ぎっしゃ)に独自の文様をつけ、「誰のものか」を一目でわかるようにしたのが起源です。
その後、鎌倉・戦国時代になると武士の世になり、家紋の役割は一気に重要になります。戦場で敵と味方を見分けるため、そして武功(手柄)を証明するため、武士たちは旗や鎧、着物に家紋を入れるようになりました。
そして江戸時代。戦がなくなると、家紋は「家の格式・権威を示すもの」へと変わっていきます。庶民にも広まり、着物に家紋を入れることが一般化していったのです。
こうして家紋は、「この家の人間です」と示すしるしとして定着しました。
おばあさまの言葉は間違っていない
そう考えると、おばあさまのおっしゃることは正しいのです。
結婚式は家と家の結びつきを示す大切な儀式。参列者も「家を代表する紋」が必要とされてきた、という考えには、ちゃんとした歴史的な背景があります。
着物の紋は数が多いほど格が高くなります。
| 紋の数 | 格 | 主な着用シーン |
|---|---|---|
| 五つ紋 | 第一礼装 | 結婚式(黒留袖・喪服) |
| 三つ紋 | 準礼装 | 格式ある式典・親族の結婚式 |
| 一つ紋 | 略礼装 | 結婚式ゲスト・入学式・卒業式 |
| 紋なし | おしゃれ着 | 観劇・食事会・お稽古など |
今回借りた着物は江戸小紋でした。江戸小紋は一つ紋を入れると訪問着と同格の準礼装になる、実は格のある着物です。でも借り物に紋を入れるわけにもいかず……難しいところです。
「鮫(さめ)」「行儀(ぎょうぎ)」「通し(とおし)」は、江戸小紋の柄の中でも最も格が高い3つで、江戸小紋三役と呼ばれます。
江戸小紋三役は、家紋を付けることで結婚式や入学式などのフォーマルなシーンでも着用できます。

私の「鮫(さめ)」江戸小紋は紋なしですが、着付け教室の修了式に洒落袋帯で着ました。
でも、現実はどうでしょう
少し立ち止まって考えてみると……
振袖は未婚女性の第一礼装ですが、今はほぼ無紋が当たり前です。
レンタルの留袖には「五三の桐」という誰でも使える共通の紋が入っていることがほとんど。
紋の入れ方にも、生地を白く抜く正式な「染め抜き紋」のほか、刺繍で入れる「縫い紋」、シール式の「貼り紋」など様々な方法があり、貼り紋を活用する方も増えています。
自分の家紋を知らない若い人も増えています。紋はすでに、ある意味形式化しているのが現実ではないでしょうか。
誂えた黒留袖には母方の「染め抜き紋」が入っています。絽の付け下げには家紋は入れていませんが姪の結婚式に着て行きました。


一番大切なのはコーディネート
私が思うのは、紋の有無よりもコーディネートの方がずっと大切だということです。
控えめで上品な装いこそが、結婚式への最高の敬意になります。若い方でも、落ち着いた色合いで丁寧にコーディネートされた着物姿は、どんな場でも美しく映えます。

地域や家風で変わる「着物の温度差」
冒頭のお話でもあったように、「京都で着物を着るのは本当に大変」という言葉が印象的でした。実際、着物のルールへのこだわりには、地域や家風によって大きな温度差があります。
京都をはじめとする関西の一部では、着物の格や家紋に対して今でも厳格な家が多く残っています。一方、地方や都市部では「着物を着てくれるだけで嬉しい」という新郎新婦も増えており、紋の有無よりも「着てくれた気持ち」を大切にする傾向があります。
また、相手の家が旧家であったり、神前式・仏前式のような伝統的な形式を重んじる式の場合は、格のルールが厳しく問われることもあります。不安な場合は、事前に新郎新婦や親御さんに「着物で参列しても大丈夫ですか?」と一言確認しておくだけで、双方が安心できます。確認すること自体が相手への敬意にもなります。
私自身の経験から
少し私自身のことをお話しさせてください。
姪の結婚式には、私と妹で黒留袖を着て参列しました。母が用意してくれた留袖で、姉も大変喜んでくれ、親戚にも何も言われませんでした。
以前は親族の女性は黒留袖を着ることができました。それに倣った形です。甥の結婚式のときも同じように黒留袖で参列しました。
息子の結婚式では、自分の嫁入りのときの留袖ではなく、母の黒留袖を借りて着ました。理由は単純で、私の留袖は嫁入り当時のものなので、今の年齢で花婿の母として着るには少し華やかすぎると感じたからです。着物は「着る場」だけでなく「着る年齢」も大切にしなければなりません。
また、姪が再婚したときは夏の式でしたので、金彩の付け下げをさりげなく合わせて参列しました。電車で駆けつけるので、華美になりすぎない落ち着いた装いを心がけました。
こういった判断ができるのは、私自身が着物を着ることができ、ある程度の知識があるからだと思っています。
もし何か言われたとしても、相手を傷つけずに答える術を持っているという安心感があるからこそ、自分の判断で動けるのかもしれません。着物の知識は、着るための知識であると同時に、場を丸くおさめるための知恵でもあるのです。
母の黒留袖は結局2回しか袖を通していません。私自身の留袖は、姪と甥の結婚式で2回、そして「着物すなおさんの振袖を着る会」で1回の計3回。2枚合わせてちょうど5回です。それでも着物の世界では「多い方」と言えるくらい、留袖を着る機会は少ないものです。
何十万円もかけて誂えた一枚が、たった数回で役目を終える——それが着物の現実です。もったいないと思いつつも、その数回のために母が用意してくれた気持ちは、何にも代えがたいものです。
実際に着物で参列するなら——実践アドバイス
「着物で結婚式に行きたい」と思っている方のために、実践的なポイントをまとめます。
まず「立場」を確認する
結婚式では、まず自分の立場(新郎新婦との関係)を確認しましょう。
• 母親(花嫁・花婿):黒留袖が基本
• 親族(姉妹・いとこなど):色留袖、または訪問着(最近は色留袖は少なめ)
• 友人・同僚ゲスト:紋のない訪問着
立場によってふさわしい装いが変わるため、最初にここを確認することが大切です。着(紋なし)。まず自分の立場を確認しましょう。
色・柄は控えめに
結婚式の主役は花嫁です。
ゲストの着物は、白や白に近い淡い色、また派手すぎる赤は避けるのがマナーとされています。
落ち着いた上品な色合いを選ぶことで、紋の有無以上に好印象を与えることができます。
着物を持っていない場合はレンタルも選択肢
最近はレンタル着物のサービスが充実しており、留袖や訪問着を一日単位で借りられます。レンタルの留袖には「五三の桐」という共通の紋が入っているものが多く、家紋の問題も解決できます。
着付けをセットにしてくれるサービスも多いので、着付けができない方にも安心です。
不安なら事前に一言確認を
「着物で参列してもよろしいでしょうか」と、新郎新婦や年長者に一言伝えておきましょう。
あらかじめ確認しておくことで、お互いに安心できます。
特に相手方の家風がわからない場合は、この一言が大切なマナーになります。
私が思うこと
結論として、結婚式に参列する着物として無難なのは訪問着だと私は思います。
黒留袖は花嫁の母親が着るもの。親族は色留袖という決まりはもはや現実的ではありません。
デパート勤務時代、色留袖を選ばれる方は大きく減っていました。
そのため、親族やゲストとして参列する場合は、訪問着がもっとも場になじみやすい選択といえます。
しかし、正直に言えば、若い世代が訪問着を年齢に合わせて揃えていくという習慣は、もはや現実的ではなくなっています。
普段から着物に親しんでいる方は別として、滅多に着ない間に着物は時代の感覚と合わなくなってしまいます。しかも、何十万円もする着物を何枚も揃える経済的・精神的な余裕が、今の若い世代にあるでしょうか。
できれば、洋服の中にいても浮かないお召しの色無地を、すっきりと上品に着こなし、年齢を問わず長く愛用できる一枚を大切にしていきたい。そんな選択ができたらいいなと思います。 上手に選べば、一枚で色んな場面にコスパよく使えます。
着物市場がピーク時の6分の1にまで縮小した原因は、決して若い人たちの無関心だけではないと私は思っています。古いルールにこだわり、着ようとした人の気持ちを萎縮させてしまう——そのことが、着物離れをじわじわと加速させてきたのではないでしょうか。
今回の若いミセスのように、せっかく着物を着たいと思った気持ちを「紋がない」の一言で摘み取られてしまう。それがどれほど残念なことか。
形を守ることも文化の継承のひとつです。でも、形よりも気持ちを大切にする——そういう考え方を持つ世代へと、着物の世界も少しずつ変わっていってほしい。
そうなったとき、着物はもっと多くの人に愛され、日常に戻ってくるのではないかと、私は願っています。
最後までお読み頂きありがとうございます。この記事が参考になれば嬉しいです。

コメント