先日、介護のお仕事をされている方のエピソードを目にしました。何気なく撮っていたお写真が、利用者さんの遺影になって、ご家族にとても感謝されたというお話です。
それを読んで、ふと思い出しました。私にも、同じような経験があったのです。
以前、着付けの出張稽古に伺っていた生徒さんがいらっしゃいました。ご近所にお住まいの、年配の美容師さんです。お仕事柄、着付けは昔少しだけ習われたことがあり、「復習を兼ねて」と受けてくださっていました。毎回、笑い声の絶えない楽しいお稽古でした。
お稽古の締めくくりは、いつも記念撮影
私のお稽古には、昔から決めていることがあります。お稽古の終わりに、必ず着姿のお写真をお撮りすることです。
撮るのは4枚。全身、上半身のアップ、後ろ姿、そして後ろ姿の帯のアップです。
なぜ後ろ姿まで撮るのかというと、ご本人には絶対に見えないからです。お太鼓の形、背中心のゆがみ、裾のライン。鏡では確認しきれないところが、写真なら一目で分かります。「あら、今日のお太鼓はいい形ね」「ここが少し曲がってるわね」と、写真を見ながらの振り返りまでがお稽古。皆さんこの時間をとても楽しみにしてくださっていました。着物の備忘録にもなります。
正直に言えば、私にとっては「何気なくやっていたこと」でした。それがあんな形でお役に立つとは、思ってもみなかったのです。
祭壇に、見覚えのあるお写真
もう何年も前のことになりますが、その美容師さんはお亡くなりになりました。
葬儀に伺い、祭壇に手を合わせたとき、遺影のお写真に、見覚えがあったのです。
ご挨拶をさせていただいた息子さんが、教えてくださいました。遺影にできる写真を探していたら、引き出しからこの写真が出てきたこと。「とても助かりました。この写真があって、本当によかった」と。
やはり、あの着付けのお稽古でお撮りした一枚でした。たまたまですが、正装のお着物をきちんとお召しになって、にっこり微笑んでいらっしゃるお写真でした。
何気ない一枚が、人生の一ページになる
毎回のお写真は、着付けの勉強のためでした。でもあの日、写真にはもうひとつの意味があったのだと教えていただきました。
何気ない一枚が、その方の人生の一ページとして残っていく。ご家族が「この人らしい」と思える姿で、残っていく。あの遺影の中の生徒さんは、ご自分で着た着物姿で、本当にいいお顔で笑っていらっしゃいました。
姉の遺影は、孫と出かけた日の一枚
実は、私の姉の遺影も、あらたまった写真ではありませんでした。孫と出かけたときの、なんでもない一枚。それがとってもいい、自然な表情なのです。
お孫さんのいらっしゃる方なら、うなずいてくださるでしょう。孫を目にすると、人は自然に微笑んでしまうものです。カメラに向かって「はいチーズ」と作った顔より、ずっといいお顔。いわば「一番のピース」写真です。
きちんとした正装の一枚も、笑いくずれた普段の一枚も、どちらもその人の人生の一ページ。だったら答えはひとつですね。写真に残したくなるような楽しいシーンを、これからいっぱい作ればいいのです。
高齢になるほど、写真は減っていく
考えてみれば、若い頃は七五三、成人式、結婚式と、節目のたびに写真を撮ります。ところが歳を重ねるほど、あらたまった写真を撮る機会は減っていきます。「いい写真が一枚もなくて困った」というお話は、実は珍しくないそうです。
私はブログやSNSで、無謀にも顔出しをして写真をたくさん公開していますから、万が一のときは家族が選び放題かもしれません(笑)。でも、そうでない方のほうがずっと多いはずです。
幸い、いまは誰のポケットにも便利なスマホがあります。お出かけの日、よそゆきを着た日、髪を整えた日。「ことあるごとに一枚」を、どうぞ習慣にしてみてください。ご両親の写真を撮ってあげるのも、何よりの親孝行になると思います。
おわりに
着物を着た日は、写真を撮るのにいちばんいい日です。背筋が伸びて、少しよそゆきの顔になって、その人の「きちんとした美しさ」が写ります。そして家族と笑い合った日は、その人の「いちばん自然な美しさ」が写る日です。
どちらの一枚も、いつか誰かの宝物になります。だからどうぞ、楽しい日をたくさん作って、たくさん撮ってください。
それにしても——介護士さんのあのエピソードに出会わなければ、この出来事を思い出すこともなかったかもしれません。何気なくやっていたことが、思いがけず誰かのお役に立っている。そんなことは、きっと誰の毎日の中にもあるのだと思います。あなたの「何気ない一枚」も、いつかどこかで、誰かの宝物になるかもしれませんよ。
このお話は、46秒の短い動画にもしました。よろしければこちらからご覧ください(YouTube)。
最後までお読みいただき有難うございます。この記事が参考になれば嬉しいです。

「衿元がうまく決まらない」「帯結びが苦手」——記事だけでは難しいところは、直接お教えできます。京都で着付け教室を開いています(講師:日本着装協会認定講師 みつ子)。
初心者向けの基礎科(全8回)、苦手克服のフリーコース、タンスの着物をまるごと相談できる箪笥診断、夏季限定のワンコイン浴衣レッスンもあります。
